第九展望塔

みんなで叶える物語

[二次創作・感想] たま『土曜日のおはなし』(米騒動)

 

米騒動は、たまとはしもとの二人からなるサークル。

たまが細密な描写と考え抜かれた画面構成を駆使した漫画を発表する一方、はしもとは暖かな描線と色味でデフォルメされたイラストを描いて缶バッジやキーホルダーなどグッズを制作している。まったく正反対の作風の二人だ。

 

 

 

『土曜日のおはなし』(米騒動/2016年5月)は、たまの作品。*1綾瀬絵里と東條希、それぞれの土曜日を過ごすふたりが出会うまでを描いている

たま『土曜日のおはなし』(メロンブックス)

 

 

 

細部まで丁寧につくりこまれた、愛らしい佳品である。

まずは造本。クラフトペーパーのような手触りの紙に二色刷りという、あまり同人誌では見かけない仕様だ。表紙にはアール・ヌーヴォーを意識した構図で、百合の花々に縁取られた希と絵里のイラスト。元は華やかな絵を、紙と色の選び方でシックに仕上げている。*2

こういった造本に対するこだわりは、たまの作品のなかでも本書だけの特徴ではない。西木野真姫矢澤にこの「その後」を描いた『桃色ロマンス』(2015年6月)は、二色刷りではないが、彩色そのものが物語の演出に奉仕している。*3

 

 

次に頁をめくると、その背景の細密さに圧倒される。

例えば、絵里が神保町の古書店を訪れる場面、絵里の頭上を超えて聳える本棚など、本好きとしては堪らない。

軽快な場面転換と本棚のインパクトに思わず見逃してしまうが、その前のコマでは神保町駅の地上出口、すずらん通りに立ち並ぶ特徴的な街灯が描かれていて、彼女の行く先をさりげなく指し示している。ひとつひとつのコマの描き込みが、物語のなかを案内する手引きとして、きちんと役割を果たしているのだ。*4

 

神田明神で大掃除の手伝いをする希と、神保町の古書店や喫茶店を巡る絵里。細密な描写によってそれぞれのいる場所が、現実にあるものとして確かに浮かびあがってくる。

そこに溶け込む希や絵里の姿は、ひとつひとつのコマが彼女たちの日常の一瞬を切り取ったように鮮やかだ。その(良い意味で)漫画らしくない画の静かさが、休日に流れるゆったりとした空気に似た心地好さを感じさせてくれる。*5

 

 

本作は、ほかにもすこし変わった演出が凝らされている。最後の三頁まで、希と絵里はひとことも言葉を発しないのだ。

それぞれが誰かと話している場面(休憩中にほかの巫女さんと話す希、料理を注文する絵里)では、彼女たちの台詞だけでなく、まわりの登場人物の台詞も省略されている。

また、ふたりの会話は、その殆どがSNSのチャットによっておこなわれている。メッセージのポップアップが場面の背景に載っていたり、SNSにアップされた写真とそれに対するメッセージがコマ単位の処理によって為されている二人のやりとり。フキダシの変化による感情表現を排した、このような演出方法は、落ち着いた画面構成にも一役を買っている。

同時にSNSのメッセージは、希と絵里ふたりの繋がりとともに、会えないでいる距離感の象徴でもある。特に絵里の方に顕著だが、SNS(建前)と現実(本音)に落差を出して、素直になれない彼女のいじらしさを際立たせている。

 

 

背景の話に戻るが、本作では「鳩」が随所に描かれている。ベランダの手摺に停まっていたり、今にも飛び立とうと羽をひろげたり、終盤の二頁を除く各頁に一羽はかならず鳩がいる。鳩たちは静かな画面に動きを与えるととともに、希と絵里それぞれの場面に連続して登場することで、距離を隔てたふたりを(読者のなかで)繋ぎ留める役割も果たしている。*6

更に、最初の一羽から徐々に増えていく鳩の姿は、希と絵里のふたりの心情を重ねあわされているかのように、互いに相手への思いが強くなっていくさまを象徴しているようにも映る。

終盤、神田明神の手伝いを終えた希が明神男坂を駆け下りる場面など、幾羽もの鳩の飛び立つさまが彼女の高揚感を後姿に表していて、クライマックスに相応しい演出だ。

別々の場所にいる希と絵里のふたりを繋げる役割を鳩(アナログ)が務め、繋がっているけれども同時に隔たりを表すツールとして出てくるSNS(デジタル)。道具立てに於いても対比を利かせるなど、考え抜かれている。

物語そのものはささやかではあるが、描写や演出を細部に亘って奉仕させることで、しっかりとひとつのドラマに昇華されている。いや、本当に素晴らしい。

 

 

また、本作では、希と絵里を除くμ'sのメンバーが、セリフのうえでも一切登場しない。*7

そのため、『土曜日のふたり』が、「ラブライブ!」に於いてどの時期にあたる物語なのか(μ's結成より前なのか、後なのか)は判断できない。*8
μ'sのメンバーが一切登場しないかわりに、アイドル活動のない「休日」、「ラブライブ!」の物語からすこし離れた希と絵里の姿が鮮やかに浮かびあがっている。

あらゆるのぞえり好きに薦めたい作品だ。

 

 

 

余談ですが、絵里の行く先がすずらん通りであることから、彼女の訪れた古書店ボヘミアンズ・ギルドが、その後に昼食をとっている喫茶店はさぼうるがモデル。*9食後は文房堂に寄って画材や文房具を見ていたかも……なんて想像するのも、楽しみのひとつ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*たま、はしもと(米騒動)書誌

まきちゃんのぬいぐるみ(2015年3月/僕らのラブライブ!) ※twitter
桃色ロマンス(2015年6月/あなたとラブライブ!5) ※メロンブックス
μ'sの試験前夜(2015年9月/僕らのラブライブ!9) ※メロンブックス
ベリーベリーベリー(2016年3月/僕らのラブライブ!11) ※メロンブックス
土曜日のおはなし(2016年5月/僕らのラブライブ!12) ※メロンブックス

こめいっき!(2016年5月/僕らのラブライブ!12)※twitter
1918(2016年9月/僕らのラブライブ!13) ※twitter

(2017年6月現在) 

 

*1:「僕らのラブライブ!12」初出。

*2:クラフトペーパーは色が乗りにくいようで、本書でも、背景のピンクのストライプは実物ではかなり控えめな出方になっている。とはいえ、黒色の濃度を調整して鳩や百合の葉を彩色しているため、地味には映らない。

*3:仕掛けに言及することになるが、『桃色ロマンス』では最後、真姫とにこが再会する場面で頁がカラーになる。この趣向のために、白黒の頁も含めて全頁にフルカラー用の紙材が使用されている。

*4:神保町という土地を選んでいる点も見逃せない。「ラブライブ!」プロジェクトの初期から、神保町という場所は名前こそ挙がるものの、物語に登場することは殆どなかった(「ラブライブ!」公式サイトのストーリーにも、音ノ木坂学院は、「秋葉原と神田と神保町という3つの街のはざまにある」と書かれている)。
「あったかもしれない物語」として、本編では描かれなかった場所を選ぶあたり、読む側のくすぐり方をよく知っている。

*5:これほど描き込みが多いにもかかわらず、画に静かさがあるのは、場面の切り取り方と配置にこだわっている証左だろう。

*6:このように、頁単位で読者を意識した演出は、『μ'sの試験前夜』(2015年9月)にも見られる。タイトル通りの作品だが、真姫の家に訪ねてくるメンバーが、それぞれ右頁の最初に二段抜きで登場する構成をとっている。

*7:本作が「僕らのラブライブ!12」内のイベント「のぞえりプチオンリー ふたりきりの花園」で頒布されたことを考えると、元々μ'sの物語としては書かれていないのだろう。

*8:すくなくとも、絵里が(課題ではなく)宿題をしていて、数学の問題集を開いて二次関数の問題を解いているので、音ノ木坂学院に通っている時期には間違いないだろう。

*9:実際、喫茶店はどこがモデルかわからなかったところ、twitterでたまさん本人に教えていただきました。さぼうる……最近は行ってないな。